ひとみ

空気や重力のない宇宙空間では、
物体がその姿勢を維持することが難しい。
ちょっとの力で右へ左へ、
上へ下へと流れて行く。
「ゼロ・グラビティ」って映画。
あれを観ると分かりやすいね。
ひとみはそんな宇宙空間で、
見つめたい星々を見続けるため、
自分の手足を使って一生懸命姿勢を保っている。
そういったことを姿勢制御、
なんていうのですが、
今回はそこに問題があった。
いまだ原因がわからないんだけど、
ひとみは、
自分がグルグル回っていると勘違いしてしまった。
本当は回っていないのに。
じっとしていたのに。
ひとみは自分の姿勢がどんな状態にあるか、
自分自身で判断できる機能を備えているんだけど、
姿勢はちゃんと正しかったのに、
グルグル回っていると思ってしまった。
つまり自分が異常な状態に陥ってしまっていると。
ひとみはさらに賢くて、
自分が異常状態に陥っていると自己診断したら、
それを正常に戻すための機能も備えている。
セーフホールド。
なんて言うんだけどね。
文字通り、
安全な状態にするってことなんだけど。
今回は、
悪いことにそのセーフホールドの機能にも問題があり、
グルグルにさらに拍車をかける運動を加えてしまった。
姿勢制御をする上でとても分かりやすいものがある。
スラスタ。
燃料を噴射して、
その勢いで運動を発生させ、
ひとみを向きたい方向へ向かせるもの。
これは、
どこに向きたいのかを事前にパラメータとして入力しておき、
セーフホールドになったときにそのパラメータに基づき噴射を行うんだけど、
そのパラメータが間違っていた。
二次災害。
この結果、
ひとみが物理的に自分の身体を保てないような力が加わり、
ひとみにとって非常に重要な太陽電池パドルが吹っ飛んだ。
この太陽電池パドルは、
世の中にあるいわゆるソーラーパネルとかと原理的には同じで、
太陽光を受けることでそれを電力に変える。
その電力は搭載しているバッテリーに充電したりもできるので、
太陽が見えないときには充電されているバッテリーでもって、
ひとみは動き続ける。
それが吹っ飛んでしまったということは、
もう、
電力が永遠に失われることを意味する。
人間で言えば血がなくなったも同然。
心臓を動かすことができないんだから、
死んだも同然。
ひとみのバッテリーは、
満充電から完全放電までそれほど長くはないので、
事件が起きた3/26の直後から、
ずっとひとみは死んだ状態だった。
死んでいたなんて思ってもいなかったから、
生きていると思っていたから、
地上からずっと呼びかけてたんだけど、
ひとみのバッテリーはとうに空なので、
それが仮に届いていたとしても、
聞くこともできなければ応えることもできない状態だった。
iPhoneのバッテリーがなくなったって同じだよね。
かけても繋がらないし、
かけたくてもかけれない。
それでも呼びかけ続けていたのは、
太陽電池パドルが全部吹っ飛んだわけではなく、
部分的には残っていて、
もしもそこに太陽光があたれば、
呼びかけを聞いてくれるんじゃないか、
応えてくれるんじゃないか、
そうずっとずっと思ってた。
だからずっと呼びかけ続けてた。
毎日毎日。
でも実際は、
全部吹っ飛んでた。
もう、
死んでたんだね。
その事実にやっと気がついて、
呼びかけるのはやめにした。
いつからキミの歳を数えれば良いだろう。
まだ基板の時から?
初めてのフルコン?
打ち上がってから?
どこから数えても短かった。
本当に、
短かった。
でもありがとう。
忘れることはないし、
忘れるつもりもないよ。
キミのやりたかったことは、
みんな覚えている。

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